20才、私が大学生のころの話です。
変凡な大学生だった状態から、「人生違うんじゃないか?」と私が疑問を持つようになった決定的な出来事があります。また「人生」「家庭」「成功」ということを考えるうえで、私が明確な理想を描くようになった、原体験でもあります。
じつは、私の父はハワイの日系二世です。祖父母は100年以上も前、ハワイに移住したハワイ移民です。父は、幼少の頃日本の親戚に養子に来て、ハワイの親兄弟と別れて育ちました。もちろん私も 、日本生まれの日本育ちです。
幼い頃、毎年クリスマス近くになると、ハワイの祖母から大きな小包が届きました。
ハーシェィズのKISSESという三角のチョコレート、カラフルなセロファンで包まれたガムのレイ、アンスリウムの花、マカデミアナッツの缶詰、アロハシャツ、おもちゃの数々、それらを見ながら、私はまだ会ったことのないハワイの親族のことを思い描いてきました。
そして20才の頃、父と一緒に、祖母の88歳米寿の祝いということで、ハワイに招待され、そのとき私は初めて70名ほどの親族に会ったのです。
それ以前にも何年に一度か、お墓参りというかんじで、おじさん、おばさんが日本に来られることはありましたので、まったく面識がないというわけではありませんでしたが、一同に介するのは そのときが初めてだったのです。
そして30数名の従兄弟(いとこ)たちに会うのも、そのときが初めてでした。
祖母と、そして日系二世である叔父・叔母とは日本語で話せましたが、三世の従兄弟たちとは、自分のカタコトの英語ではほとんど話せませんでした。トホホ・・・。
しかし、その時に受けた印象は強烈なものがあって、私の人生観を根底から変えるようなものだったのです。
日本では、「あなたはどこの大学に行ってるの?」とか「あなたはどこに勤めているの?」「何かに所属しているの?」と聞かれ、「ああ、そう・・・」と、それでもって自分がどんな人かわかったような顔をされていました。
ところが、ハワイの親族はそんなことは聞いてきません。聞かれることと言えば、「大学生なら、あなたはいま何を学んでいるのか?将来何を目指しているのか?」「スポーツは何かするのか?」「あなたは何ができるのか?」というようなことばかりでした。
そしてそれをうまく表現できな私は、よくわからない変な男だなと思われたようです。
祖母の米寿のお祝いは、地元のホテルの会場で盛大に開かれました。三世であるいとこたちが、それぞれの特技を生かし、絵をプレゼントしたり、歌を歌ったり、心のこもった手作りのパーティーでした。
私はそのパーティの場で苦しまぎれに、下手なギターを祖母に弾いてみせたんですが、意外にも・・・、それがとても喜ばれました。それではじめて、皆から「IKUOとはこんな男か」と少しだけわかってもらえたようでした。(積極的に自分を表現しないと、全くわかってもらえないんですね。)
いとこのなかには、車の整備工場をやってる者がいたり、家業をついでアンスリウム花の栽培をしている者、軍隊でドイツに行って者がいたり、牧師と結婚している子がいたり、そして同じ年の女の子は大学で建築家を目指していました。
実に個性豊かです。
本当にそれぞれの個性や生き方を認め合い、伸び伸びと生きています。その姿に、アメリカとはこんな国かとショックを受けたものです。
そして一番驚いたことは・・・、ただの個人主義ではないのです。親族が皆、一世のおばあさんを心から慕いながら、その苦労と深い愛情に感謝しながら、「自分たちのルーツは日本なんだ」と心底誇りに思っている姿でした。
これは、なかなか日本では見られない光景ですよ。
「ここに本当の日本がある!これが本当の日本だ!」とわたしは心の中で叫んでいました。
ハワイの日系人社会・・・、米国と日本のはざまで、第2次世界大戦時は本当に大変だったんです。
また、米国と日本のはざまにあるハワイ、それは西洋と東洋の文化のはざまでもあります。仏教・儒教的なものとキリスト教的なものと、二つの文化が独特に融合している!?ハワイでは、そんな不思議な感覚を覚えました。
そして、日本人として自分もこうありたい、こんな家族、ファミリーをつくっていきたい、その時私は強く思ったのです。自分のアイデンテティに目覚める・・・という感じでしょうか。
この体験は、私にとっての原体験となりました。
人生の成功と幸福ということを考えるとき、ハワイの親族を思い浮かべるのです。
そして、日本だけで通用する人間ではダメだ、つぶしのきかない人間にはなりたくない、そんな思いがフツフツと出てきました。学校という、きわめて閉じた社会の中で生きる人生というのはどうなんだろう?教員志望で疑うことのなかった心が、激しく揺らぎました。
本当の自分らしい生き方とは何だろう?
一度しかない人生、自分は何に命をかけるんだろう?
この時代に生きて、私にできることは何だろう?
占いの先生に出会って私の人生が大きく変わったのは、それからしばらくしてのことでした。

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